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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)587号 判決

原告 斎藤ふく

右訴訟代理人弁護士 岩田満夫

右訴訟復代理人弁護士 矢田久芳

被告 長谷川伝次郎

右訴訟代理人弁護士 竹内三郎

被告 藤野てる

右訴訟代理人弁護士 平井良雄

右訴訟復代理人弁護士 田中学

主文

被告長谷川伝次郎は原告に対し別紙第二物件目録記載の建物を収去して別紙第一物件目録記載の土地を明渡せ。

原告の被告藤野てるに対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告藤野てるとの間においては、原告の負担とし、原告と被告長谷川伝次郎との間においては、原告について生じた費用を二分しその一を被告長谷川伝次郎の負担とし、その余は各自負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項と同旨及び「被告藤野てるは原告に対し別紙第二物件目録記載の建物から退去して別紙第一物件目録記載の土地を明渡せ。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、原告は、別紙第一物件目録記載の土地(以下本件土地という)を所有するものであるが、以前からこれを普通建物所有の目的で被告長谷川に賃貸し、同被告は同地上に別紙第二物件目録記載の建物(以下本件建物という)を所有しており、被告藤野は本件建物に居住して本件土地を占有している。

二、ところで、前記本件土地賃貸借の賃料は、一ヶ月金四、五八五円とし、毎月末日限りその月分を支払う約定であったが、被告長谷川は昭和三六年三月分以降の賃料を支払わないので、原告は同被告に対し昭和四一年九月六日到達の書面をもって同年八月分迄の延滞賃料を同書面到達の日から七日以内に支払うよう催告したが、同被告は依然としてその支払をしないので、原告は同被告に対し同月二七日到達の書面をもって右の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。従って本件土地の賃貸借契約は右同日限り解除によって終了した。

三、よって、原告は、被告長谷川に対し、本件建物の収去、本件土地の明渡を求め、被告藤野に対し、本件建物からの退去、本件土地の明渡を求める。」

と述べ、被告藤野主張の抗弁に対し、

「一、第一項記載の事実は認める。

二、第二項記載の事実のうち、武田染織株式会社が増築のため本件土地を求めていたこと、被告藤野がその主張のように供託をしたことを認め、被告長谷川と被告藤野の夫常男間の訴訟事件の提起及び結果については不知、その他は争う。

三、被告長谷川が原告より請求を受けた地代の支払をしなかったのは、被告藤野が本件建物の家賃月額金四、六八〇円に固執し、その増額に応ぜず、かつ、従来被告長谷川方を援助してくれた人等の援助が期待できなかったためであり、また、地代の滞納分が高額に達したのは被告長谷川が、原告に対し、病気で生活に困っているとの理由でその支払の猶予を求めていたからに過ぎない。」

と述べた。

被告長谷川訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として「請求原因事実はすべて認める」と述べた。

被告藤野訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として、

「請求原因第一項記載の事実は認め、同第二項記載の事実のうち地代の額及びその支払時期を認め、その余は知らない」

と述べ、抗弁として、

「一、被告藤野の夫藤野常男は昭和一八年頃本件土地の賃借人である被告長谷川から本件建物を賃借し、その後昭和三九年一月二一日常男が死亡したので、被告藤野はこれが相続人の一人として本件建物の賃借人たる地位を承継した。

二、仮に原告と被告長谷川間の本件土地賃貸借契約が、原告主張のように、解除されたとしても、以下に述べる理由により、原告は右の解除(以下本件解除という)をもって被告藤野に対抗することができない。

(一)(1) 原告の主張によると、「被告長谷川は昭和三六年三月分以降全く地代を支払わないので、原告は昭和四一年九月六日同被告に対しそれ迄の滞納地代の支払を催告したが、依然としてその支払がない。そこでやむなく原告は同月二七日本件解除に及んだ」というのであるが、これには次に述べるような常識的に不可解な点が認められる。

(イ) 被告長谷川は、昭和三二年一二月二四日被告藤野の夫常男に対し、賃料の不払及び正当事由を理由に本件建物の賃貸借契約を解除したと主張して本件建物の明渡を求める訴を提起し(当裁判所同年(ワ)第一〇三〇九号事件)、昭和三六年一二月二日請求棄却の判決を受け、次いで同年一二月二〇日これに対し控訴を提起し(東京高等裁判所同年(ネ)第二八一四号事件)、昭和三八年六月二八日控訴棄却の判決を受けているのであるが、このように本件建物の明渡を求める訴を維持しながら、他方においてその敷地である本件土地の賃貸借契約の解除原因とされることを免れえないような地代の滞納を続けるということは矛盾も甚しく常識上考えられない。

(ロ) 原告が、特別の事情もないのに、五年半もの長期間全く地代の支払をしない不誠実極まる被告長谷川に対し賃貸借契約の解除に出ることなく、地代の滞納を許していたということは余りに不自然である。

(ハ) 本件土地の賃借権の時価は約四、一六八万円の巨額に達するものと思われるところ、被告長谷川が僅か一ヶ月金四、五八五円の地代の滞納のために(しかも、同被告が被告藤野から受取る本件建物の家賃は月額金六、二九一円であったから、被告長谷川はこれにより地代の支払を賄うことができた筈である)、敢えて右のような莫大な財産的価値のある借地権を抛棄するということは常識上到底考えられないところである。

(2) 従って、原告は、前記のように、被告長谷川の手を借りて被告藤野を本件土地から追出すことを図ったが、それが困難と見るや、被告長谷川と相謀って、あく迄その目的を達成するため、同被告の地代滞納の事実を作り上げ、これを理由に同被告との間の本件土地賃貸借契約を解除したこととして、本訴に及んだものであり、次に挙げる諸事実はこれを証して余りがある。

(イ) 本件土地の隣接地にビルを所有する武田染織株式会社の社長武田安弘は、その建物が狭小であることから本件土地等を入手してその増築を計画し、不動産仲介業者の井沢某は、右武田の意を体してということで、被告藤野に対し、他に移転することを勧誘し、移転先を周旋する旨を申述べていること。

(ロ) 原告と右武田との間で被告藤野に対して支払うべき立退料の額を想定して本件土地売買の価格の交渉がなされていること。

(ハ) 本件訴訟中に和解勧告がなされた段階で右武田は被告藤野に対し立退料につき相当の協力をする旨の申出をしていること。

(ニ) 被告長谷川は本件訴訟を竹内三郎弁護士に依頼したこととされているが、同被告からは右弁護士に対しそのための報酬金が全く支払われていないこと。

(3) これを要するに、本件解除はその実質において原告と被告長谷川間の合意により本件土地賃貸借契約を解除した場合と何ら選ぶところがなく、これと区別して取扱うべき理由はないから、原告は本件解除をもって被告藤野に対抗することができない。

(二) また、本件のように、敷地賃貸人が、敷地賃借人の地代滞納を理由に敷地賃貸借契約を解除し、これを建物賃借人に対抗するためには、敷地賃貸人において建物賃借人に対し右の滞納地代の支払を催告することを要すると解されるところ、原告は、被告藤野に対し右の催告をしていないから、本件解除をもって同被告に対抗することができない。

(三) 更に、被告藤野は昭和四二年四月四日被告長谷川に代位して昭和三六年三月分以降昭和四二年三月分迄の地代として金三五九、三四七円を弁済供託しているから、原告は、少くとも被告藤野に対しては、本件解除をもって対抗することができないものと解すべきである。

三、仮に以上の主張にして理由がないとしても、被告藤野には何ら非難されるような点がないのに拘らず、本件建物の明渡により直ちに生活の本拠を失うこととなるのに対し、原告はもっぱらその巨利を博することのみを目的とするものであるから、本件解除ないし本件建物明渡の請求は権利の濫用として許されない。」

と述べた。

立証≪省略≫

理由

一、原告と被告長谷川との間において、原告主張の請求原因事実はすべて当事者に争がなく、右請求原因事実によると原告の被告長谷川に対する本訴請求は理由があり、これを認容することができる。

二、次に原告の被告藤野に対する請求につき判断する。

原告が以前からその所有の本件土地を被告長谷川に対し普通建物所有の目的で賃貸し、その賃料は、一ヶ月金四、五八五円として、毎月末日限りその月分を支払うものとされていたこと、被告長谷川が、右の借地上に本件建物を所有し、昭和一八年頃これを被告藤野の夫である藤野常男に賃貸し、右常男が昭和三九年一月二一日死亡し、被告藤野は、これが相続人の一人として本件建物の賃借人たる地位を承継して、現にこれに居住していることは、いずれも当事者間に争がない。

≪証拠省略≫を綜合すれば、被告長谷川が昭和三六年三月分以降の地代を全く支払わなかったこと、原告が被告長谷川に対し昭和四一年九月六日到達の書面をもって同書面到達の日から七日以内に昭和三六年三月分以降昭和四一年八月分迄の延滞地代を支払うよう催告したこと、被告長谷川が依然右の支払をしなかったこと、原告が被告長谷川に対し昭和四一年九月二七日到達の書面をもって本件解除の意思表示をしたことが認められる。

しかしながら、次に挙げるような諸事情を綜合すれば、被告藤野方から本件建物の明渡を受けて本件土地の賃借権を有利に処分しようと計画していた被告長谷川と本件土地を他に更に有利な条件で賃貸しようと考えていた原告の両者の利害が偶々一致し、ここにおいて、両者相通じ、被告藤野を本件建物から立退かしめるため、被告長谷川が地代滞納の事実を作為し、原告が恰かも被告長谷川の債務不履行を理由とするもののように装って本件解除に及んだものと推認せざるをえないのである。すなわち、

(1)  ≪証拠省略≫によると、被告長谷川は本件建物の賃貸による低廉な家賃収入に甘んずるよりも本件土地の賃借権を他に有利に処分したいと考えていたことが窺われること。

(2)  ≪証拠省略≫を綜合すると、被告長谷川は、昭和三二年被告藤野の亡夫藤野常男に対し、同被告主張のような理由で、本件建物の明渡を求める訴を提起し(当裁判所昭和三二年(ワ)第一〇三〇九号事件)、昭和三六年一二月二日請求棄却の敗訴判決を受けるや、これに対して控訴を提起し(東京高等裁判所昭和三六年(ネ)第二八一四号事件)、昭和三八年六月二八日控訴棄却の敗訴判決を受けていることが認められるところ、他方において、右の間被告長谷川は、前記のように、本件建物の敷地である本件土地の賃貸借につき即時、無催告解除の十分な理由とされるような長期間の地代滞納を続けているのであって、このようなことは異常であり、地主である原告との間に何らかの意思の疎通ないし了解が伏在しているものと窺わしめるものであること。

(3)  ≪証拠省略≫によると、本件土地は東京都のまさに都心に位置し、その附近一帯は日本全国でも最高級の商業中心地を形成しており、従って昭和四一年当時の本件土地の賃借権の市価は約一、〇〇〇万円に近いものであったことが認められるところ、このように財産的価値のある賃借権を被告長谷川が僅か一ヶ月金四、五八五円(年額にしても金五五、〇二〇円)の地代の滞納と引換えに、無条件で、容易に、抛棄するということは一般常識では首肯し難く、原告との間に何らかの裏面取引が隠されているものと推測せざるをえないこと。

(4)  また、原告は被告長谷川より病気等を理由に猶予を求められていたからと陳弁に努めているけれども、前述のように五年半という長期間に及ぶ地代の滞納を借地人に許すということはいかにも異例に属するものと考えられ、原告と被告長谷川間に特殊な関係の存在することを疑わしめるものであること。

(5)  なお、記録上明らかなように、本件訴訟において、被告長谷川は、一応原告の請求を排斥する旨の判決を求めているけれども、原告主張の請求原因事実をすべて自白し、全く応訴、抗弁の意思が認められないこと。

従って、本件解除は、単に被告長谷川の債務不履行を原因とする解除の形式を整えたものに過ぎず、その実質において、原告と被告長谷川間の合意による解除と全く異なるものではないと認むべきところ、土地の賃貸人は、その賃借人との間の合意により土地の賃貸借契約を解除しても、特段の事情がない限り、これをもって土地賃借人からその所有の地上建物を賃借した者に対抗することができないと解するのが相当であるから、原告は本件解除を被告藤野に対抗することができないものといわなければならない。

してみると、原告の被告藤野に対する本訴請求は理由がなく、棄却を免れない。

三、よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 真船孝允)

〈以下省略〉

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